2011年6月4日土曜日

自分ルール

好きな言葉で、「自分ルール」があります。
素敵な言葉です。
「ルール」に「自分」を付ける事で、他人を拘束しません。
本で学んだ言葉です。実はマンガ「ナルト」の中での言葉です。

「他人は自分の鏡である」
人を変えたかったら、対面する自分を変える事。

他人を変えようと努力しても、多くの場合は報われない。
自分を変えるのは、それよりもずっと簡単なので、
変えた自分を相手にぶつけてみる。
実践してみると、面白いように相手の対応が変わりました。
人には本能的に反射行動があり、無意識に笑顔には笑顔で返します。

これは実践して経験として理解出来たのですが、
変えた自分を継続することの困難さが課題でした。

以前のブログ「無意識行動」のタイトルで記載のですが、
内容を集約すると、

人は多くの時間を、無意識の行動で過ごしているので、
コントロールするのは困難。
笑顔や、声のトーンなど、シンプルな目標を、
無意識行動になるまで、浸透させるののが有効。

この時知った、無意識の行動の事実から、
それが自分を変えられない壁になっる事に気が付きました。

しかし同時に気がついたのは、要所要所は意識的行動の事実です。

中でも物事を判断する時、悩んでいる時などは、必ず意識行動中です。
ではこの時に使う明確な判断基準を作っておくと、
自分を変化させるのに有効ではないでしょうか。

私の判断基準は2個あります。
①「やるかやらないかを迷ったら、やるを選ぶ」
上手くいっても失敗しても、得るものがあります。

②「対応に迷った時は、思いやりのある行動を選択する」
失敗しても、恥ずかしくても、後悔しないで済みます。

これ自分ルールで、自分がそうありたいと思って決めたのですが、
いい感じの結果が出るので、おすすめです。

6 件のコメント:

  1. 昔からの言い伝えで有る、3方由し等の行動原則と言うかドクトリンと言うか、兎に角そう言った集合知、バナキュラーな美意識には数学的な美が有ると私は思っています。私は道徳は時代や地域により変化すると思いますが、倫理には普遍的な美が有ると思っていて、それは実は上記2つの行動原則の様なモノの積み重ねの連続で出来る気がします。“囚人のジレンマ"的な。

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  2. 極めて土着的な美意識を深く追求してゆく事もインターナショナルデザインを考える上で有効かもしれない…と今思いました。

    人の心は九分十分

    私の好きな諺です。

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  3. は!!もしや倫理に到達する道筋が道徳か!
    道だし!!
    大発見かもしれない…。

    ゴチャゴチャ失礼しました。

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  4. Mazz さん
    美しいものには数学的根拠がある様に、正しき行動にも、
    数学があるように思えます。
    そしてその探求が喜びとなる様にプログラムされた人間。

    全てにおいて、自然発生の偶然とは思えません。

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  5. 数学において0.99999.....と永遠に続く小数は1だそうです。

    オイラーのゼータ関数も自然数しか使って無いのに、何故か円周率が出て来たり。。。

    色即是空と言うか、人間もあくまでも自然の一部なので、単純なライフゲームの様な記号のみで構築さ
    れたプログラミングとは比べられないと思います。

    全ての瞬間に記号化出来ない思考がバックグラウンド処理で渦巻いて居るかもしれない…。

    自我は脳と言うCPUが形作るGUIで、行動はその処理結果な訳ですが、何故その処理結果なのか、CPUの実際の働きを全て理解は出来ない気がします。

    行動はON OFFのどちらかであっても、1の中にも永遠が有るのであれば、人間のCPUにプログラミング言語の様な構造性は無いでしょうね。

    最大公約数的な行動原則の上で、処理速度と精度は確実に重要な事で有ると思っています。

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  6. 効率的なアルゴリズムは先人の知恵の中から見つけ出す事が出来ると思います。

    言い伝え、諺、etc。

    私のアルゴリズムは極端そうです…。
    シンプルでピーキー。

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